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女は薬指の先に紅を付けた。
婚礼の朝だというのに通された広い屋敷の一郭はしんとして、ただ黙々と着付けを手伝う女達のほかに人の気配は絶えてなく、言祝ぐ者の姿もない。
浅はかな、身の程知らずな女だと言われても、たとえ自分のために親類縁者がどれほど世間から非難を浴びることになろうとも、最早気持ちは揺るがない。
捨てきれなかった。
捨てられぬものならば、貫くしか術はない。
豪華に螺鈿を施された鏡台。鏡の奥に映るのは二棹の桐の箪笥と、それを取り巻く蒔絵の施された調度品の数々。座敷の中央に飾られていた白無垢の花嫁衣装は今自分が纏っている。
鏡に映る荒れた唇に、女は紅を引いた。
それは鮮やかに赤く、二度とぬぐい去ることのできないもののように思えた。
【了】
Fumi Ugui 2009.11.05
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