賢者の家の物語 エスコート

招待状

 西を除く三方を険しい山岳地帯に囲まれた、古から連綿と続く魔法王国ジルコニア。
 その広大な敷地を持つ王城の大広間、案内されたフロアを見渡してゾフィーは隣に控えた相方に囁いた。
 「何だか、女の人が多くない?」

 南国の島国アリヤン・カーンにある『賢者の家』にジルコニアからの招待状が舞い込んだのは先月の末。
 名士を招いて国王主催のパーティーを催すのでゾフィーに是非参加して欲しいという旨が記してあり、国王の署名があった。
 「あたしだけ? あなたの名前はないの?」
 王都アリヤン・カーンの北、熱帯雨林の森深く、通称『賢者の家』に棲んでいる賢者は男女一人ずつ二人いる。男の賢者の名をサティヤ、女の賢者の名をゾフィーといった。
 サティヤとゾフィーは共に誉れ高き一族の勇者アーリヤ・キルティと旅をして、人々を恐怖に陥れていた根源を見事に封じた英雄だ。その大任を果たし生まれ故郷のアリヤン・カーンに帰還して後、若くして『賢者の家』に隠棲した二人は、周辺の村人に請われて諸々の相談に乗る他は専ら魔道の研究をして静かに暮らしていた。
 しかし、そこは救世の英雄。本来第一に持て囃されるべきアーリヤ・キルティが失われたこともあり、無事帰還した二人を人々がただ放っておく訳もなく、国の内外を問わず様々な公的催しに名士として招待されることも多かった。だが、そんなときは二人一緒にというのが通例だ。招待する側としても、功績も棲家も同じ賢者をわざわざ片方だけ招待するいわれもなく、大抵連名で招待状が来る。
 何となく違和感を感じつつも、招待国が古い魔法の伝統を継ぐ王国だということに興味を引かれたゾフィーは招待を受けることには前向きだった。
 しかし、ここにひとつの問題が存在する。それは宮廷の作法に関することだった。
 ゾフィーは元々庶民の出身。社交界や貴族階級の礼儀作法にはあまり詳しくない。おまけに堅苦しいことは大の苦手だった。今まではアリヤン・カーンの名門出身のサティヤが面倒なことはすべて引き受けてくれたので自分は側で微笑んでいるだけで事足りたのだが、一人で行くとなるとそうもいかない。
 途方にくれるゾフィーにサティヤが助け船を出した。
 「僕がエスコート役としてついて行こうか」
 「え、ほんと! そんなこと出来るの?」
 「パーティーとなってるし。女性を一人で行かせるよりはエスコート役がいた方がむしろ自然だからね」
 このサティヤのありがたい申し出を一も二もなく受け、ゾフィーはジルコニア王国にやってきたのだった。
 しかし……。

 「国中から若い独身女性をかき集めたという印象だね」
 フロアを一通り眺めてサティヤが感想を述べる。
 大広間に集まった人々の年齢構成は随分偏っていた。若い独身男女が九割。その内七割ほどを女性が占めている。全体の一割が壮年の男女。そのほとんどが男性の両親と思しき人々だった。
 「君、はめられたのかもしれないね」
 「はめられたって、どういうこと?」
 「これは多分、この国の王子のためのお見合いパーティーだよ。たまにあるんだ。別の名目で開かれていてもそういうことがね。ここまで露骨なのも珍しいけど」
 用意されたカクテルジュースを手渡すとサティヤはゾフィーに微笑みかける。
 「招待されたってことは、君は王子の花嫁候補に選ばれたってことだね」
 「馬鹿馬鹿しい。古い魔法の王国だから、古代史に詳しい大学者か魔法使いにでも会えるかと思って来たのに」
 自身はあまり関心がない様子だが、ゾフィーはルビーの瞳が印象的な冴え冴えとした美人だ。性格もさっぱりとしている。賢者であれば魔力は十分。知性も教養もある。これでもう少し言動に女性らしい慎みさえあれば、魔法を尊ぶ王国から世継ぎの妃にと縁談があまた舞い込んできても不思議はない、とサティヤなどは思っている。
 薄絹で作られた肌も露な南国アリヤン・カーンの民族衣装は北方のこの国ではより際立ってエキゾチックに見えた。
 「そう言えば……」
 半裸の肩に纏った薄物のショールでさりげなく口許を隠し、サティヤが声のトーンを少し落として付け加える。
 「ここの王子は何年か前、花嫁に式の当日逃げられたって話だよ」
 「それはまた……。豪快な話ね」
 どんな事情かは知らないが、第一級のスキャンダルだ。当時はさぞかし大騒ぎになったことだろう。今回のパーティーにもいろいろと複雑な裏事情がありそうだ。
 「なんか、ややこしいとこに来ちゃったなあ……」
 カクテルを一口飲むと、ゾフィーは軽く溜め息を吐いた。


Fumi Ugui 2008.02.09