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「初めまして」
テーブルで飲み物を選んでいた二人のところへ一人の青年が近寄ってきて、サティヤに話しかけた。お互いに型通りの自己紹介を済ませると青年はゾフィーに目を向ける。
「初対面で不躾ですが、そちらの美しい方とほんの一時だけでも二人きりでお話をさせて頂けないでしょうか?」
「構いませんよ。ゾフィー、行ってきたらどうだい?」
「え、ちょっと。一人で? 無茶言わないでよ」
戸惑いを隠せない様子のゾフィーをサティヤがやんわりと促す。
「せっかくのお誘いを無下に断ってはいけないよ」
「それじゃ、あなたも一緒について来てよ」
「バカを言っちゃいけない。彼は君がご所望なんだから、お呼びでない僕は目立たないようにここで大人しく待ってるよ」
「だけど、あたしこういう時の作法なんて全然わかんないのよ?」
「大丈夫。ちゃんと見てるし、危なくなったら助けるから。……ほら」
サティヤの視線に促されゾフィーが振り返ってみると、そこにはさっきから蚊帳の外に置かれっぱなしの青年が所在なさげに立っている。
「あまり待たせると相手に失礼だよ」
「……わかったわよ」
これ以上粘っても誘いを断ってはくれないと悟ったのか、
「あたしのやり方でやってくる」
溜め息交じりの捨て台詞を残しゾフィーは青年にエスコートされていく。
彼女が言い残した、あたしのやり方という部分に一抹の不安は覚えたものの、青年と二人月夜のテラスへ出ていくその姿をサティヤは黙って見送ったのだった。
ほどなく、青年を遥か後方に従えてゾフィーは恐ろしく速足で戻ってきた。
招待客の若い女性と歓談していたサティヤが何事かと思って見ていると、一直線に近づいてくる。話をしている二人の間に強引に割り込むと、ゾフィーは有無を言わさずサティヤの腕を取った。やっとのことで追い付いてきた青年の方を振り返る。
「申し訳ないけど。あたし、実はこの人と来月結婚することになってるの」
唐突な宣言に先ほどまでサティヤと歓談していた女性が驚いて目の前の男の顔をまじまじと見詰め直し、ゾフィーを追ってきた青年が真っ青になる。
一番驚いたのは他ならぬサティヤだったが、抗議の言葉を口にする前にゾフィーが放った向こう脛への一蹴りが彼の抵抗を封殺した。
「そうよね、サティヤ?」
こうなっては調子を合わせないわけにも行かずサティヤが肯定すると、青年は酷く気落ちした様子で諦めたようにその場を去っていった。気がつけば若い女性の方も姿を消している。
「ひどいな」
サティヤは困ったように笑った。
「魔物もいないようなところで君に蹴飛ばされるとは思わなかったよ」
「ごめんね。痛かった?」
悪びれる様子もなくゾフィーはちょっと舌を出して笑うとサティヤを壁際のソファの方に引っ張って行った。座らせてから手をサティヤの向こう脛にかざし回復呪文を唱える。柔らかな淡い光が現れ、やがて脛の辺りに吸い込まれる様に消えていった。
治療を終えるとゾフィーは自分も隣に腰掛けた。いつもの癖で脚を組もうとしてサティヤにやんわりと注意される。
「あまり有意義な時間じゃなかったようだね」
サティヤが水を向けるとゾフィーはげんなりと首を振った。
「何だか、今流行りの建築家の話とかデザイナーの話とか……。聞いてても全然わからないし、面白くないんだもの。遠回しに断っても変な自信があるんだか、なかなか通じないし」
「で、僕のところへ?」
「そ。ああいった手合を断るにはね、自分より数段上の相思相愛の相手がいるんだってはっきりわからせるのが一番なのよ」
「なるほど……」
サティヤは素直に感心する。処世術ではとても彼女に適わないからだ。
「それでも迫ってきたら?」
「あら。守ってくれるんじゃないの?」
自分の顔を見上げてくるゾフィーにサティヤは肩を竦めてみせる。
「僕はこういう場に不慣れな君をエスコートしに来たんであって、護衛に来たわけじゃないよ」
「どっちでも似たようなものじゃない」
「第一、君に護衛が必要なのかい? 実は僕よりずっと腕力あるくせして」
もちろん彼女は世界を未曾有の災厄から救った英雄のひとり。腕力も体力も人並み以上にある。それを差し引いても、旅に出るまでは魔法一筋で学問ばかりしてきたサティヤよりは、小さな頃から苦労してきたゾフィーの方がずっと芯の部分で生命力が強かった。
「もう。余計なこと言ってレディに恥をかかせないでよ。今度言ったらこうだからね」
ゾフィーが軽くサティヤの向こう脛を蹴るまねをする。
「やれやれ……」
サティヤは軽く溜め息を吐いた。
「レディは蹴りなんて入れないものだよ」
Fumi Ugui 2008.02.09
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